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27 February

マックスウェーバーの予言


テクニカルアプローチ、マンテル、ムーブマンといった前川建築のキーワードには、建築創造行為は単なる造形的興味からくる絵空事造りではないとする意識の方向性が見えてくる。建築における自己主張、モニュメンタリティやファッション化を否定し、環境に人間の視座でたたずむさりげなさからは、建築の根本である想像力の奥底に人間の歴史を見据える眼差しが感じ取れる。最後に晩年の前川が現代日本を危惧して頻繁に引用したウェーバーの言葉を紹介したいと思う。「資本主義社会がこのまま進めば、社会は精神のない専門家と趣味の悪い市民の大群によって占められてしまうだろう」まるで昨年のベネチアビエンナーレ建築展の日本館のテーマのようです。
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25 February

ムーブマン(movement)


「プランニングは間取りじゃない」「プランにムーブマンがないといけない」「いいプランは美しい。プランを練っていくと、一筆書きで描けるようになるんじゃないかな」ムーブマンとは前川建築の根底にあるものだ。人の動きをやさしく受け入れる、あるいは人の動きと同化するといったことなのでしょうか。設計を生業としていると空間を体験する前に設計者に名前がたちはだかってしまう、これは単に雑音でしかない。
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24 February

マンテル


カーテンウォールというものが、まだ躯体間をカーテンのように塞ぐという考え方が多かったころ、前川は「マンテル」という空間構成の組立手法を考案する。マンテルとは建物全体にマントのようにパッと着せてしまうということ、具体的には躯体からキャンチレバーでマンテル(外装)を支えるというものだ。つまり“現在のカーテンウォール”に近い考え方、いいかえればマンテルが現在のカーテンウォールになってきたというふうに考えたほうがいいかもしれない。そして現在の表層建築はマンテルの進化形とみることができる。その大きな違いは、工業化(繰返し利用できる)を前提としていたマンテル、造形の可能性の追求からうまれた表層建築といえるでしょう。写真は伊東豊雄「トッズ表参道」装飾と構造の一体化を試みたデザイン。
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23 February

テクニカルアプローチ


「単なる造形的興味からする絵空事でない建築の、技術的な経済的な前提からの形の追求を身につける」前川國男が日本の近代建築の構築を前にして主張したもので、前川の設計手法の草創期はテクニカルアプローチとして伝聞された。その基本的構想として軽量化、広角な空間、施工の合理化ということをテーマとして掲げていた。写真は近代建築の原点とものいえる前川の処女作「木村産業研究所」。1935年に弘前を訪れたブルーノ・タウトは「どうして辺境の地にコルビュジェ風の白亜の建物があるのか」と驚愕したのである。
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22 February

前川國男と弘前


弘前には8つの前川建築がある。1932年から1983年までのキャリアの始まりから晩年に至るすべての時代の作品が弘前の風景となって存在している。どれも弘前のひとたちに愛され大切に使われている。2005年は生誕100年の記念すべき年。(日本海海戦100周年でもある)まだ先のはなしですが、東京ステーションギャラリーで「生誕100年・前川國男建築展」(2005年12/23〜2006年3/5)が開催されます。あずましい建築、弘前にあり。
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