blog

31 March

会戦とfootball


会戦とは古代の戦争スタイルで広い平野で行う陸戦のことをいう。重装歩兵、軽装歩兵、騎兵などを使い戦術(システム)を組立て会戦の臨むわけであるから、戦略単位を11人のプレーヤーに簡略化してはいるが複雑かつ有機的な試合展開をするサッカーは、まさに会戦そのものといえる。ワールドカップともなればその国の代表同士が激突するわけであるから、これほど“本来の戦い”にとっての条件が揃っているスポーツはないのではないかと思う。会戦とfootballの大きな違いは、会戦が内容の善し悪しで勝敗が決まるのに対してサッカーはあくまでも内容に関係なく得点で勝敗が決まるところだ(実際は内容が良くないと点が入らないが)。サッカーでは日本はアジアの覇権国家として君臨しているが、これからも苦しい試合が続くだろう。見ているだけなのに気が抜けないのはなぜだろう、これがサッカーの魅力(魔力)なんでしょうね。
00:38:06 - spk - - TrackBacks

30 March

佐藤雅彦全仕事


佐藤雅彦氏の明快かつ系統だった方法論「ルール」。街で拾ってきた大好きなデザインの断片から「ルール」を発見(解析)し「ルール」を適用する。これほどまでにデザインプロセスを簡単かつ明快に解説したものと出会ったことがなかった私は大学院当時、研究室の後輩たちにその方法論を紹介した記憶がある。しかし、それと同時に相対的な方法論を持ち合わせていなかったりするとこの方法論の明快さが伝わらないということもわかった。この「ルール」という方法論は現在でも大いに参考にしている。私の場合、“大好きなもの”ではなく“引っ掛かるもの”で判断をしてる。以前に紹介したオートマティズム(無意識による自動記述法)とは対極の方法論といえるだろう。
00:48:50 - spk - - TrackBacks

29 March

世界選抜


世界の住宅デザインの潮流を探る展覧会「GA HOUSES PROJECT 2005」は、さながら建築家の世界選抜といっても過言ではない。ただギャラリーという限られた空間に74作品が展示されているわけだから、いたってカタログ的だ。いつ頃からかわからないが展示がDTPとなってしまってからはカタログ的な見方として割り切って見ている(見るしかない)。以前に紹介したmathias klotzも出展してる。
00:48:01 - spk - - TrackBacks

28 March

BEYOND THE SANAA


SANAAに感じる違和感は“less is more”(少ないほど豊か)といった今世紀の建築様式であるモダニズムあるいはモダニズムの進化形ともいえるミニマリズム、ライトコンストラクトといったものにことごとくあてはまらないスタンスで建築をつくりだしていることなのではないか。ミニマリズムが限り無く0(ゼロ)に近付くスタンスだとしたら、SANAAの建築は“less than zero”といえるだろう。0(ゼロ)に近付くというよりもふりきってマイナスの世界なのである。だからBEYOND THE SANAAは私にとって“マイナスの世界”(未知の世界)を見せてくれるのである。建築史上にはない未知の建築像を今まさに創りだしているのです。
01:02:45 - spk - - TrackBacks

27 March

坂の途中で花を見る


万国博覧会を体験するには年をとりすぎたように思える。子供の頃から少年時代にかけて体験した「宇宙科学博覧会」や「科学万博-つくば'85/EXPO'85」は宇宙や未来、科学といったわかりやすいテーマだっただけに未来の世界を想像したりしてワクワクした記憶がある(「月の石」で大満足なのである)。子供ながらに“坂の上の雲”を見い出していた。現在も世界各国で博覧会が行われているが、どうしても建築やランドスケープのデザインに新しい試みがあるかといった偏った見方になってしまう。だから、そこに“坂の上の雲”を見い出すようなことはない。やはり博覧会は価値観の形成過程で体験するのが一番楽しいのではないでしょうか。本能的直感で愛知万国博覧会を体験できるチビッコたちが羨ましいが、“愛と地球”というテーマに“坂の上の雲”を見い出すことはできるのだろうかテーマが普遍的すぎてチビッコたちには少し難しいかもしれない。私の場合、“坂の途中で花を見る”といったところだが、その坂を上っているか下っているかはわからない。写真はハノーバー万博のオランダ館(MVRDV)ランドスケープを積層させたビックマックのような建築。
13:03:32 - spk - - TrackBacks