blog

29 November

EAST WEST


Goldsworthyを知っていれば、それとも見えるし、Daniel Ostを知っているいひとがGoldsworthyの作品を見ればDaniel Ostのようだ思うことだろう。私の印象は前者だ。Goldsworthyの作品も期間限定(?)のインスタレーションだから写真(洋書)でしか見たことがない。「EAST WEST/Daniel Ost」を知った時、これはいいタイミングだと感じていた。会場の草月プラザは言わずと知れたイサム・ノグチの石庭「天国」であって、その彫刻作品も見てみたいと思っていたからだ。作品に生花を使用しているだけに展示期間は驚くほど短く、そのうえ入場制限があって日時を予め指定してチケットを購入するという形式をとっている。この展示期間の短さとチケット購入までのプロセスがおのずと期待を高める。
「Blue Moon」と題されたインスタレーションは イサム・ノグチの「天国」を完全に埋め尽くしていて石の硬い表情が完全に消されていた。基壇側面を被っていた青竹が唯一豪快さ加味し出し、基壇の場所場所では繊細なインスタレーションが展開されて、会場全体でひとつの世界をつくりだしていた。写真だけで受けたGoldsworthyのような印象とは全く違って、フラワー・アーチストの作品であることが十分に感じとれた。会期は終了しているが、現在は銀座の資生堂ビルも演出しているので、そちらも体験してみたいものだ。
01:23:41 - spk - - TrackBacks

28 November

生きている大地


里山とは人と自然が共存している生態系のことをいうのだが、頭ではわかっていても、実際どういうものなのかピンとこないものだったりする。キョロロ(施設)の中で一番驚かされたことは、飼育されている里山のいきもの種類で、ちょっとしたムツゴロウ王国状態だなと感心してしまった。さらに驚いたのは建物の外観を見るために遊歩道を歩いているときであった。歩を進める度にいちいち地面に反応があるのだ。赤とんぼが舞い、地面の生物がひとに反応して動き出すわけで、子供のころに田んぼで遊んだ経験はあるのだがここまでの反応は体験したことがなかった。おおげさだが地面の反応を感じるにつれて鹿神になった気分になってくるのだ。そしてこれが里山のいち側面だったのかと、こちらに戻ってきて実感するに至る。設計の仕事をしていると、どうしても建物のデザインにばかり目がいってしまいがちになるのだが、キョロロは短い時間ではあったが「森の学校」として里山の魅力を存分に感じさせてくれる建築であった。
00:31:18 - spk - - TrackBacks

27 November

キョロロ。


越後松之山の里山を這うような建築形体の先に見えるのは、空にむかって延びる展望台だ。巨大な生物のような頭は里山全体を望んでいる。デザイン要素はコルテン(耐候性鋼板)の外壁とサッシュレスの開口だけでデリケートに調整されたフォルムがまさしく“キョロロ”だった(金沢21世紀美術館の愛称“まるびぃ”はどうかと思うのだが)。コルテン鋼の良さは、新築にしてエイジングが完了しているために周辺風景と違和感をつくらず、もとからそこに存在していたかのような質感をつくりあげているところといえる。そして、この建築形態とネーミングによる相乗効果によって施設とは思えないその場固有の印象(性格)をみごとにつくりあげている。施設の機能は博物館であり、研究施設、交流施設と様々な側面をもっているが、それらの施設機能が多目的な印象をあたえずに「森の学校」として上手く集約されている。展示物も里山でしか見られないものばかりで、これが意外にも楽しめたのである(地元のひとには日常であろうが)。真っ暗な階段を登った先にある展望台からの眺めに不純物はない。越後松之山には日本の原風景が色濃く残っている。
00:14:08 - spk - - TrackBacks

26 November

森の学校


バス停に降りる前に運転手さんに道順を確かめると目的地までに歩いて20分はかかるそうなのである。そこまでバスが行けばいいのではと誰もが思うことだろう。ちょっと歩くと案内板があってホッとしたのだが、そこからの道のりが長い。「草枕」の主人公にでもなった気分で歩いていくと、途中にもアート作品があるのだ。こんな山の奥深い“途中”にも現代アートがお地蔵さんのように景色におさまっている。日本の原風景ともいえる美しい風景ばかりだと、さすがに退屈になってくるところに登場するところは、なるほどなと勝手に感心するばかりで、いよいよ目的地への期待が徐々に高まっていく。しばらく歩くとブナの木立の中に巨大な生物の背中のような建物がチラチラと見えてくる。やっとたどり着いたことがわかると、エントランスまではブナの林をさらにぐるりと廻らねばならないのだ。この最後のアプローチこそが20分も歩かせる意味を身体で感じることができる空間ともいえてとても気分が良かった。やはり美的体験は筋肉を動かす体験と深くかかわっている。そしてブナの林を抜けると唐突に視界が開け、その建物の全体像が一気に目に入ってくるのだ。
00:15:09 - spk - - TrackBacks

25 November

越後妻有へ


中越にて芸術祭が開催されていることは知っていた。しかし気軽に行けるような土地ではなっかたことが、今まで自分の興味を遠ざけていたのだ。というよりも世の中いろんなことがあって興味の目がいくのは意外とちょっとした偶然だったりする。越後妻有は2000年の「第一回大地の芸術祭」を境に着々とアートの聖地化がすすむ(成功している)地域だ。現在まで三回の「大地の芸術祭」経て2006年には第四回が予定されているからもう少し待とうかとも思ったのだが、第三回の時点でハード面もかなり完成されてきてアートがしっかりと根付いている“ 現状”を見るのも悪くないなと判断した。調べていくうちにこの地域に点在する作品の多さに驚く、これほどの規模とは想像していなかったので嬉しい反面、限られた時間での見どころを自分で吟味しなくてはならなくなってしまった。ルートを考えていて思ったのは、ネットは別として旅行ガイド本にはこのアートの数々が刺身の妻ほどにも満たないないくらいに 扱いが小さいのは何故なんだろうか。そして、いつもの事ながら自分の要求と旅行ガイド本の内容にズレがあって閉口したのだが、私が参考とした資料は旅の図書館でコピーした現地のパンフレットの数々で、やはり これが非常に役に立つものだった。
00:38:17 - spk - - TrackBacks