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30 December

PAPER JAWS


ホホジロザメはエンブレムにしてしまうくらい自分にとって思い入れのあるいきものだ。だからそれがモチーフとなっているものや写真、映像に自然と吸い寄せられる。横浜トリエンナーレのメイン会場には沢山の現代アート作品がひしめき合っていて、はじめはなかなか落着いて見ることができなかった。なのでガイド内容もなかなか頭に入ってこない。そんなとき目にした nari wardの“牛乳パック製ホホジロザメ”は作品のコンセプトうんぬんよりもホホジロザメをモチーフにしていただけに嬉しくなってしまうものだった。しかも実物大だから紙でも迫力がある。 恐竜時代から食物連鎖の頂点に君臨している地球上でもっとも進化した捕食動物であるホホジロザメと消費社会の廃品(牛乳パック)とのコントラストに不思議とユーモアが感じられて、近付きがたい存在を近付きやすいものに見事に変換している。この「AIR JAWS」ならぬ「PAPER JAWS」に会場に来たたくさんの人たちが“噛み付かれている”のを見ていると、何か御利益のあるアートに見えてくる。
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27 December

横浜トリエンナーレ


これまでに二回も開催されているのにもかかわらず、まっくたその存在すら知らなかったのである。説明しにくいのだがそういうものがぽっかりと抜け落ちている時期があって、心が何か別のもに奪われていたのだろう。なので、ひとよりは新鮮な気分で見れたと思っている。そんな具合だったからエントランスのコンテナを見たときは“またコンテナか”とちょっと不安になったのだが、メイン会場は埠頭の先端にある二棟の巨大な倉庫である。エントランスゲートからメイン会場までは「ビュランプロムナード/ダニエル・ビュラン」で結ばれている。 軽い気持ちで歩いていたが、かなりの距離(シャトルバスが出ていたのには驚いた)があって見ごたえ十分といった感じだ。あの“三角旗”と“空”とのコントラストは横浜トリエンナーレの印象を決定づけているといっていいだろう。かといってアートばかりに目を奪われていたわけではない。ビュランプロムナードから見た横浜の風景がとても良かった。左に見える地層のような大さん橋国際客船ターミナルを見ていると、会場が大さん橋だったら屋内といい屋外といい、かなり刺激的な展示ができそうだなと思ってしまうのであった。
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22 December

永遠なる薔薇


Art Brutの余韻が今だ身体に残っていてちょっと心配だったのだが、何だか気持ち良く浄化してもらったようだ。「永遠なる薔薇/ハウス オブ シセイドウ」の展示空間は2005年末発表の香水「ローズルージュ・パルファム」の香りと写真家石内都による美しい薔薇の写真がひとつの世界をつくりだしている。入った直後は物足りなさ(Art Brutの余韻のため)を感じたのだが徐々に薔薇の世界に引込まれていった。石内都が撮った薔薇には、美さのなかに生物的なグロテスクさを垣間見ることができる。自分が勝手に抱いていた薔薇の花は所詮“生花店の薔薇”にすぎない。だから薔薇がこんなにも肉感のある花だったのかという意外な発見があった。そして写真の生々しさは香水へ結実してゆくのだ。歴代の薔薇の香水を美しいボトルとともに堪能することができる。気付けば心地よい気分になっていて、展覧会の意図を身体で感じたようである。“香りで支配された” ギャラリーは初めてだったので、これはアリだなと思うのであった。銀座で歩きつかれたら、ちょっと立ち寄ってみるといいかもしれませんね。
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21 December

前川國男とピアソラ

近代建築の良さについて富永譲は「無名の質」と表現していたが、内藤廣の場合「“憧れとノスタルジー”は、より良い世界を発見しようとする芸術家の努力目標です。ピアソラの音楽にも、まさにこのノスタルジーとより良い世界を求める憧れを私は感じています。」という 袋小路に陥った現代音楽の可能性をピアソラに見い出した ギドン・クレーメルの言葉を引用していた。一般のひとまでも音楽に引込む回路をもっているピアソラの音楽は近代建築に似ているところがあり、それが前川建築には顕著に見られると。その要素(ノスタルジーを感じる部分)のひとつとして建物の耐久性向上から生まれた「打込みレンガタイル」の発想が現代にやさしくフィットしているのではと推測している。だから氏の設計した「島根芸術文化センター」は、ノスタルジーを巧みに操作しているのではないかと思えてならない。ならば会場が京橋だけに銀座の現代建築についておのずと考えてしまう。レンゾ・ピアノの“ガラスブロック”といい青木淳の“テラゾ”といい、デザインだけではない高度な解法のお手本ではないかと深読みするのであった。セミナー後ピアソラを聴き始めたひとは少なくないでしょう。わたしもそのひとりなのです。
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20 December

坂の上の音楽堂


神奈川県立音楽堂は戦後のバラックが立ち並ぶ横浜に突如として竣工した。内藤廣の記憶によれば、あの周辺はかなり如何わしいところで子供がそうそう近付けるところではなかったそうである。そんな場所に日本の景色となるもの、純粋にその時代の美しいものを求めるためにつくられたのである。まさに建築版“坂の上の雲”そのまま“坂の上の音楽堂”なのである。その音質の良さは楽器の中に入っているようで、しかも演奏者に負担をかけない。ロイヤル・フェスティバルホールをお手本に設計され、現在では日本のホール建築のお手本とされている。そして、もうひとつのホール東京文化会館は高度経済成長期に“東京にオペラハウス”をという考えからくつられた。東京文化会館なら私も幼いころから知っている。というよりも上野動物園に遠足にくる関東近辺の幼稚園児はみんな見ているはずだ。パンダはなかなか見れなくとも東京文化会館なら必ず見ることができたのである。当時は気持ちが動物園に持っていかれていたので、建築物を意識するというよりは荒々しいコンクリート打ち放しの外壁が上野の森の一部に見えていた。内藤廣曰くあの当時のコンクリートは質がよかったが、現在のポンプ圧送になってコンクリートの質が落ちたと嘆いていた。幼いころから知ってしたのに、現在の自分にとって上野で一番気になるスポットになっている。とても不思議な気分だ。
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