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29 January

美しい本


この本を買ったのは自分が四級建築士ぐらいの頃だったか、ずいぶんと昔に買った気がする。本の重厚かつ品のある雰囲気は他の洋書が霞んでしまうほどで、これを今買わねば絶対後悔するに違いないと思い、買ってしまったのものだ。なのに、その時はレヴェレンツという建築家をまったく知らなかったのである(現在でも詳しくは知らない)。おそらくブックデザインが違っていたら買っていなかったであろう。「Architect Sigurd Lewerentz Photographs of the work & Drawings」この本は美しい写真とドローイングが一卷づつひとつのスリップケースに納められている。本来であれば、ひとつにしてしまうところをあえて二つ(二卷)に分けているところは、住宅でいえばパブリックゾーンとプライベートゾーンを別棟にして建てるようでとても贅沢な試みだ。本棚から取り出し、さらにスリップケースから取り出して本を開くまでの動作が儀式的でとても気分がいい。そして、建築(写真)とドローイングを同時に見てうっとりして下さいということなのだろうか。この本から北欧モダンの魅力に徐々に引込まれていったのである。
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27 January

great white parkの歩き方その13


現在“ミッドパーク構想”が進められている市松模様の丘から東方を眺めると眼下に小さなフィールドが広がる。二方の丘と運河、平野によって囲まれた小さなフィールドは「CENTRAL FIELD」と名付けられ文字どおりgreat white parkの中心広場として位置付けられているのだが、実体はフットボール・フィールドであり、クラブチーム「FC g.w_park」の専用練習場でもある。またフィールドと東の平野は空間的に繋がっているため、東方を一望できる場所が自然とできあがりgwpのイースト・ゲートとしての性格をつくりだしている。このフィールドからは今まで紹介してきた、スパイラル・マウンテン、タワーが見える。そして、いずれは丘の上の“ミッドパーク構想”が姿を表わすことになるのだ。
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26 January

ユーゴサッカー三部作


かつて“東欧のブラジル”と称されたユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)のサッカーに魅了されるきっかけとなった本がドラガン・ストイコビッチ(ピクシー)及びユーゴスラビアについて書かれた「誇り」という本だった。ピクシーのプレイの華麗さはこの本が出版される以前から認知していたが、あくまで表層的な部分でしかなく、この本を読んでからはユーゴスラビアンサッカーをテキストで旅するような状況が続いた。また世界では黄金の世代ともいわれるユーゴ出身のサッカー選手がヨーロッパ各国で活躍していた時代でまさに格好のガイドブックでもあったわけである。著者である木村元彦はノンフィクションライター、ビデオ・ジャーナリストという肩書きをもつがスポーツライターではない。そのためサッカー本にみられる著者のサッカー感と自分のものとぶつかり読みにくくなることはない。取材対象をわかりやすく文章化しているため一気読みが可能でとくにサッカーのプレイシーンが驚くほど明確に伝わってくるのがいい。
年末に出版された「オシムの言葉」は「誇り」「悪者見参」に続くユーゴサッカー三部作の完結編だ。著者のあとがきにもふれているだが、私自身も「誇り」を読んでいたときからイビツァ・オシムに興味をいだいていただけに、“待望の完結編”となった。氏の著作は文庫化されるにあたって後日談が加筆されるので、文庫版でも楽しむことができる。オシムの去就、ドイツW杯のセルビア・モンテネグロの活躍が書かれるかもしれない。オシム・ジャパンが誕生していたら感無量だ。
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25 January

STARS OF BALLET

それは、何気なく見ていた“TICKET CLASSIC”がきっかけだった。お目当てはパロマ・ヘレーラとスヴェトラーナ・ルンキナの二人だが、二人の演目が見れれば満足というわけではない。とにかく、肉体を使った芸術としては究極の世界にいるともいえるダンサーたちの動きに魅了(圧倒)されたかったからだ。肉体を駆使して踊る姿は美しくも躍動的であるのにもかかわらず驚く程精密だ。舞台上の人間が架空の空間を生み出すだけでなく、そのディテールまでも見せてくれるのだ。これらバレエの魅力に気付くまで、これまた長い時間を要したのだが、今では、谷に吸い寄せられる清流のごとくバレエを楽しむことができるようになり始めた。春になれば、4月にはパリ・オペラ座バレエ団、そして5月はボリショイ・バレエ団の日本公演が“東京文化会館”で開催される。前川國男の設計した東京のオペラ・ハウス(東京文化会館)では世界が堪能できるのだ。
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21 January

DESIGN/2005

11月に開催されたTOKYOデザイナーズ・ウィークと100%DESIGNでは、“デザインの量”に圧倒された。また巷のデザインを扱った雑誌の発刊量も驚くべき現象といっていいだろう。この状況が淘汰、定着し日本が北欧デザインのような世界になればなお幸せだ(まず無理だろう)。2005年に限ったことではないのだが、モデルチェンジのサイクルが短期化して、デザインの寿命が短いというか、耐久性のないデザインが氾濫しているように感じとれる。それはデジタル機器において顕著だ。お気に入りのものが突如として消滅してしまうこともあって、よっぽどのベストセラー品とならなければ、後世に残っていかないというわけだろう。良質のデザインが生活のインフラに根付くことは大歓迎だが、ファッション化するのは好ましくない。デザインの範疇に納まるかどうかわからないが、石上純也のテーブルは新鮮な驚きを提供してくれただけでなく、 フォルムの操作ではないデザインを示してくれた。あのテーブルを見て「最後の晩餐」を思い出し、絵に重ねて見たところプロポーションが一致する。やはりそうなのだろうか。
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