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31 March

great white parkの歩き方その14


前回紹介した「CENTRAL FIELD」をメイン練習場にもつクラブチームFC G.W.PARKは、“偉大なる白”というすばらしい愛称をもつ。クラブ設立年は不明だが、かなりの歴史をもちチャンピオンシップに輝くこと数回、名実共に名門クラブなのである。しかし、現在の戦績は“偉大なる白”という愛称に反して芳しく、毎年降格線上の順位を確保するのが精一杯で“古豪”として認識されてしまっている。チーム戦術は伝統的にカウンターが主体だが、全盛時はそれが“ラン&ガンのように見える”といわれるくらいに鋭いカウンター攻撃を見せていた。近年はチームの若返りと指導者の充実をはかり、地道にチーム改革を進めている…と設定してみる。
クラブチームのユニフォームデザインはエンブレムが小さくあしらわれているだけで、ロゴマーク主体のデザイン処理がなされているわけではなく、模様や色がチームのアイデンティティーをつくりあげている。なのでFC G.W.PARKもあの公園デザインがモチーフとなるわけではなく、あっさりした“白い”ユニフォームとなっている。
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30 March

鴟尾


デザインを見て感性をくすぐられるフェティッシュな部分がある。寺院建築の大棟の両端にのせられた鴟尾がそうである。構造体以外であれば身体に近いスケールで構成される寺院建築デザインのなかに突如としてスケール感から開放されたモノが大棟の両端に現われるのだ。のっぺりとしているが、どこか生物のような造形に自然と目が行く。それ自体がフェティッシュな曲線でできていることもあるが、大棟の両端にのっていることが妙に感性をくすぐられる。建築の古さに反比例するかのごとくSFチックなデザインは単なる飾りではない。大棟の両端を強く反り上がらせる役目をもっている。大棟も建物が大きくなれば、水平な棟は力強さに欠け屋根から軒先にかけて垂れ下がった印象になるところを鴟尾をのせることで大屋根は反り上がった羽のように躍動感あるフォルムをつくりだすのだ。鴟尾が進化(?)した鯱はより装飾的なデザインではあるが、感性をくすぐられることはない。造形よりも違うものを誇示しているように見えてならないからだ。
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29 March

MVRDVD


“巨大な橋を建設することは一大国家事業である”と何かの本で読んだ記憶がある。だから、橋の完成度がその時代の文明の精度を生々しく反映していると。悪魔橋と言われたポン・デュ・ガールがそのいい例であろう。「KM3」に収録されたプロジェクトは、どれも国家事業級のものばかりだ。つまり現代文明が為せるであろうものが、異常に分厚い本に姿を変えたと考えてもいいだろう。この「KM3」には国家事業級のプロジェクトが動画(KM3/Films)としてDVDに収録されている(ソフトウェアも収録されているが、残念ながらmacではインストールできない)。分厚い本体(本)よりも映像の方がわかりやすく、まるでプロジェクトのPVのように見ることができる。映像(DVD)と巨大なブックレットとの関係が対等で良い。
原広司の構想「500M×500M×500M」以来、久しく未来的なプロジェクトを真っ向からリアルにしてゆこうとする成果物を目にしていなかったが、その鬱憤のようなものをこの「KM3/Films」で、晴らすことができる。さらに、あの「MUTATIONS」がそうであったように「KM3」も展覧会という形をとってもらうことを願うばかりだ。
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28 March

KM3


1992年にギャラ間で開催された「500M×500M×500M/100,000人のためのニュータイプ住居キューブ」展は都市機能のすべてを500Mの立方体の中に入れてしまおうという建築家 原広司の発想から生まれたものである。この500Mの立方体の中に、都市の自己変換・自己破壊(BURST)と、それにともなう補修(REPAIR)を立体格子状の母体マトリックス上に展開させる。時間は100年間をひと区切りとして20世紀と21世紀のオーバーレイを試みている。DTPが確立する前だったから、この巨大な展示物はすべてパントーンの切り貼りでつくられていて、気の遠くなるような作業量とプロジェクトの壮大さが相まって不思議な説得力をもっていた。
「KM3/MVRDV」を眺めた(見た)最初の印象は、この「500M×500M×500M」展だった。というよりも、良く見ればこの原広司の構想がきちんと紹介されている。10年以上も前に免疫が出来ていたにもかかわらずこの本に収録された構想の数々は刺激的なものばかりだ。都市問題を直接“建築”でもって解法してゆく姿勢は痛快で、なかでもヴィニー・マースの講演会で見た「Pig City」は、あまりにも建築的すぎてユーモアを感じてしまうほどだ。一見「FARMAX」の続編といった感じであるが、内容は「MUTATIONS」に近い。
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18 March

Form-Z


ver.2.6の頃にユーザーとなって、もうすぐ10年ぐらいになるだろうか。テクスチャーマッピングができなかった頃を考えると、現在の機能に対して文句のつけどころがない。しかも、ヴァージョンアップ毎に使い勝手は向上している。と、ここまでは、どのアプリケーションでも当たり前のことであろう。個人的にForm-Zの気に入っているところは、ヴァージョンアップしてもver.2.6時代のインターフェースデザインを残しているところにある。機能やメニューが増えようが、昔と変わらないデザインは使っていて気分がいい。同じ道具を長年使っているような愛着がわいてくるのだ。この、機能は多少変わろうが昔のままのインタフェースデザインを残すという設定は、新規に買う側からはどうでも良い設定だが、ずっと使っていると、その変更だけで気分が萎えてしまうのだ。しかも、ヴァージョンアップのサイクルが早くなってしまえばなおさらで、愛着を持つ前に、デザイン(インタフェース)の変更が唐突に訪れる。そういう配慮なのかどうかは分からないが、変わらないForm-Zに“業務用アプリ”の側面を大いに感じるのだ。理想は、JW_CADのように“到達してしまった”ものこそが、仕事をしていて一番道具に近くて身体に馴染んでいくのであろう。
「ボクハ、ケンチクカ、マウスカタテニ、タシタリ、ヒイタリ、ソウサシテ...」
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