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28 February

瑞峯院


方丈の空間構成(スケール)に目が慣れてきたせいか敷地内の茶室の佇まいに妙に気をとられた。方丈前庭がその美しさを開放させているのに対し、この装飾的な施しがまったくない小さな建造物は美しさを封じ込めているような雰囲気なのである。茶室の中はまさにそのとおりであって空気までもが美しかった。いくつもの窓から射し込んだ光が充満した空間(茶室)は視覚と触覚を穏やかに刺激する。そこに茶室の美よりも空間と光の普遍的な関係を感じていた。
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22 February

東滴壺


大徳寺龍源院には「東滴壺」と呼ばれる小さな壺庭(石庭)がある。唐招提寺御影堂障壁画制作時にここを訪れた東山魁夷はこの「東滴壺」の極めて狭い壺庭の僅かの小石の配置に“海景”を見い出していた。個々の石の置き方にムーブマンがあり、日本海に面した岩礁を想像していたという。底知れぬ深渕に吸い込まれそうな感覚と個々の想像力が同時にはたらきもうひとつの風景を映し出す。
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08 February

紫野


「街道をゆく/大徳寺散歩」。読んでいる自分がそうなのかもしれないが司馬遼太郎はいつになくウキウキしている。歴史(時間)と日本美術が息づくところ大徳寺。「大徳寺山内の二十余の塔頭は、ことごとく第一級の美術館といっていい。」序盤にあるこの一文が私の心を捉えた。歴史の深度(あるいは禅)だけでも大いに堪能することができるのだがそこに芸術的響宴が加わる。その巧みな筆致によって膨らんだ頭の中の光景が目の前に展開している。それを実感するだけでも十分に手応えを感じていた。
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07 February

森の伽藍


仁和寺の広大な境内は木々で被われてはいるが伽藍配置によって眼前の景色がほどよく引き締められている。
金堂までの緩やかな傾斜と森のような境内が立体的な奥行きをつくりだしその中に甍が見隠れする。通常、伽藍配置は平面さが際立つところだがそれが森に秩序を与えて計画された美しさをつくりだしている。妙心寺の山内にてgreat white parkを見い出していたが、ここでは森にしてしまうのも良いなと考えていた。
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06 February

アイムソーリ柳宗里


室町期から江戸初期にかけての日本芸術の巨峰群たちへバタフライ・スツールを見せたらどういう反応をするのだろうかと想像をめぐらしていた。連綿と続く日本芸術の流れから生み落されたその小さなフォルムに奇跡的なもの感じていたからだ。生活の中のデザインとはいえその美しさたるは“名物”のごとし“書”の美しさまでも兼ね備えている。そのくらいバタフライ・スツールは美しく慎ましい。
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