blog

29 March

本覺坊遺文


大徳寺を訪れてからどうしても読みたい本があった。「本覺坊遺文/井上靖」は利休歿後の三十年間を千利休の忠実な弟子、“三井寺の本覺坊”の手記の形(設定)をとった小説である。淡々とした筆致の中にあの時代の茶人たちの姿が京都の風景とともに生々しく浮かび上がる。 現代に残された古都の風景や茶室が過去(小説の中)の風景にリアリティーを与えて手記の中を歩き廻るような感覚で読むことができた。
00:29:29 - spk - - TrackBacks

16 March

石灯籠


三斎公の墓所は石灯籠を墓石がわりにしている。この石灯籠は利休の遺愛のもので「天下一」という銘さえつけていたという。秀吉がそれを聞いて所望した。利休は秀吉にくれてやることをきらい、わざと笠の一部をなたでたたき割り、あれは惜しくも損じましてございます、といって難をまぬがれた。見れ見るほどただの石灯籠であるのだが高桐院の中にあって最も濃密な空気を感じるところでもある。さすがにカメラを向ける気にはなれず手をを合わせるだけであった。
00:57:28 - spk - - TrackBacks

15 March

高桐院


織豊期を代表する趣味人でかつ武人であった細川幽斎、その子三斎により建立された大徳寺塔頭高桐院。表門をくぐり唐門を見た瞬間からその先にある濃密な空間を十分に感じることができた。この自然石の敷石道の先にあるものが、はるか時空を超え「くまもとアートポリス」につづいていることを考えると幽斎の“百芸の才”がいかに強靱な遺伝子であったかを実感できる。
00:44:27 - spk - - TrackBacks

11 March

黒織部


西安に行ったときに唐三彩の茶碗でも買おうと心に決めていたがそんなものはなかった。文鉢のようなものさえなくどれも俑(人形)ばかりでしかも安い(レプリカ)唐三彩に憧れていたが妙な気分であった。
志野や織部の文様で、その軽妙自在な面白さは世界の抽象芸術のうちで殆ど例がないといわれている。とくに黒織部の強く明快な文様とグニャリとしたフォルムにそれを強く感じることができる。横一列に展示された黒織部茶碗は壮観でそこだけ宇宙からのメッセージのような不思議な空気をもっていた。
10:12:35 - spk - - TrackBacks

10 March

Bruno Taut


大きなテーブルの上に広げられた貴重な資料を一目にしているような贅沢な気分で見ていた。“建築家あるいは芸術家の逸話の中に登場する建築家”日本の美を語る上で必ず登場する建築家だがその実像を知るまでには至らなかった。タウトの生涯が作品とともに丹念に展示されていて徐々に建築家自身の魅力(実像)に引込まれていく。ドローイングに“書”を見い出していたり、タウトの旅程と「街道をゆく」(ここでもタウトは登場する)を重ねあわせたりして眺めていた。展示品の入替えとパスポート制がとてもありがたい。自身と誕生日が同じであったというささやかな収穫もあった。
13:04:02 - spk - - TrackBacks