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22 November

Stephan Balkenhol


荒削りな木彫作品を見て心地の良い衝撃を受けた二年前のことを今でもはっきりとおぼえている。作品を取り巻く空間が穏やかで居心地よくなることは、ありそうでなかった体験だったからである。バルケンホールの作品以外ではこのような空間体験(美術体験ではなく)はなく、いつしか本気で手にしたいと思うようにまでなっていた。二年ぶりに見た16点の新作はやはりそうであった。その体験だけもささやかな贅沢であった。
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20 November

Rosso Babele


対比された二つの異なる世界をしばらくの間眺めていた。映し出された映像の顛末がどうにも気になってしまって、ここで目をはなしてしまっては、ある瞬間を見逃してしまうのではないかと思えてならなかったからだ。作品から遠ざかった今でもあの光景の物語を想像していたりする。
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16 November

international bright young thing


MOTの巨大な吹き抜け空間で「エナジー・ボイド」を見て以来、身体の異変を感じるほどの作品に出会っていない。ただ「エナジー・ボイド」はその空間にふさわしい芸術作品ではなく都内の美術館では構造耐力上MOTの吹き抜け空間にしか展示することができなかっただけなのである。
「四角いふうせん」は「エナジー・ボイド」の経緯に似ていなくもない。四階建てのビルの大きさに相当するアルミの風船はMOTの巨大な吹き抜け空間でしか展示不可能であろう。大きな違いは作品を取り巻くすべてのもの(環境)を関連づけて、物理(ありえる)の原理でもって幻術にかけられたような錯覚をもたらしていたことだ。石上純也については以前にも書いたことが、今回も“未知との遭遇”であった。
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01 November

漱朝


休日の美術館はどうにかならないものかと考えた。そしてひらめいた。朝一番で入ればよいのだと。「文豪・夏目漱石」再び、なるほど我ながら妙案であった。前方が開けた空間で展示品を見るとちょっと贅沢な気分になるのだ。かといって長々と見ていたわけでもなかったのだが、どういうわけかもう一度見ねばなるまいと思うのだった。
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