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30 May

22


オープン初日の華やかなにぎわいの中で考えた。雪の降る季節、万難を排するような思いでこの美術館に辿り着いたとしたら、春先とはまったく異なる感動を味わうことができるのではないかと。建築は大地と同化し、雪洞の中で22のパーマネント・コレクションと対峙することができるのだ。雪の積るころ、一見すべきよし。
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29 May

十和田市現代美術館


美術館が開放性と透明性をみごとに実現しているのは建築だけの功績ではない。吹きさらしに近い展示室の作品は屋外でも十分に耐えうる仕様である。屋内展示空間と屋外アート空間が交互に混ざり合う空間構成によって、パブリックアートとは明らかに異なる“現代アート”の存在感をより強靭なものにしている。それがはっきりと見応えとなって身体に残る感覚は十和田特有のものだ。
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28 May

アーツ・トワダ


ひととおり美術作品を見終わって蟻の巣が地上に出現したような建造物を眺めていると、突然、建築の方ですか。と職員の方に、はなしかけられた。オープン初日とあって前例のない「アートによるまちづくり」の印象を細々と聞かれた。新しい試みゆえに、きょうのような人出が今後もつづくのだろうかとも聞かれた。冬の京都、禅寺の塔頭などはひとっこひとりいない。でも、日々の作務が行き届いた山内を歩くだけで感動がともなう。
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22 May

十和田へ


花神とは中国語で花咲か爺さんのことをいう。その花神が本州を北上して十和田の桜を満開にさせているころに「十和田市現代美術館」へと向かった。十和田観光電鉄は途中、桜並木の中をのんびりと走る。予期せぬ桜並木の出現は、目的地まで贅沢なもてなしを受けているようでなんとも気分がよかった。
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16 May

上堂


松明は上堂する練行衆の道明かりとして灯される。松明が二月堂の欄干上に姿を現してから10人目(最後)の練行衆が上堂するまでの時間、火の粉が降り注ぐ欄干の下でしばし我を忘れた。二月堂修二会、夜の法会のはじまりである。火の粉となって落ちた杉の葉を持ち帰った。杉の葉の薫りとともに“お松明”の光景が今でも鮮明に甦る。
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