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19 September

光堂


「おくのほそ道」を読んだおかげか、当地に赴くと同じような気分になってしまい、うまいこと書いてあるなとつくづく感心してしまう。光堂の記述はまったくのそのとおりで、覆堂だけが現代のものだけれでも、“千年の昔をしのぶ”橋渡しを十分に果たしている。
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17 September

中尊寺


15年ぶりに中尊寺を訪れた。書生のころ、岩手宮城とうろうろと巡った。そんなことだから、拝観時間ぎりぎりの参拝で金色堂と弁慶堂にある弁慶の立て看板ぐらいしか記憶に残っていなかった。その弁慶の立て看板を見たときは、さすがに懐かしさがこみ上げてきた。意外と保ちが良い。いったい15年前は何を見ていたのかとあきれるほど、参道の景色が良い。慈覚大師もよく考えたものだと、“ここでも”感心するばかりであった。
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11 September

毛越寺


平泉へは、ある程度文献を読んでからと考えていた。というのもほぼ跡地だからである。想像力でもって補完しなければ“藤原三代の栄耀”どころではなくなる。“毛越寺の壮麗さは、どうであろう。”と、伽藍を俯瞰するような気持ちで巡る。往時の隆盛をしのぶにはゆったりとしたランドスケープが手がかりとなった。
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09 September

平泉へ


五月に寺田農さんの朗読で「おくのほそ道」を聴く機会があった。ずいぶんと味わいのある語り口であったため、その余韻があるうちに全訳注ものを読んでみると、いてもたっていられなくなってしまったというわけだ。といってもいきなり平泉なのである。
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